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SFはSFでなくなっている。

10年前、画面をタッチして電話や通信機器を使うなんて、銀行のタッチパネル以外見かける機会はほぼ無かったと思います。それが今や、歩きながら操作してる人が邪魔だなと感じるくらいに機械が増えている。
更に20年前だと、それは空想の中の憧れの品物であっただろうし、存在していても世の中に商品として出せるものではなかったと思う。
単にスマホを振り返るだけでもこんな歴史がある。

もっと色んなものに目を向けると、一昔前では空想やオカルト的な物や現象のものだと言われていたことが現実に存在している。
どんな突拍子もないことでも時間が経てばその存在は可能になる。
という事を踏まえると、「ありえない」と考えられていたSFの世界は今、ひっそりと現実に現れていると言い切っても大げさではない。

例をあげると、某大槻教授が愛してやまないプラズマだとか、殺人ウィルスとか闇の組織だとか。
本当はどこに存在してもおかしくないものに対して、我々は関わりがなければ「対岸の火事」としてSFやオカルトだと簡単にそこで話題に幕を閉じる。
同じ地球上で存在している限り、どこかでそんな存在に出会うか分からないのに「自分は大丈夫」という防壁で不思議な出来事を信じようとしない。
それではいけない。

例えば戦後日本は、それまで持っていた日本人らしい考え方や生活を180度転換せざるを得なくなった。
「敗戦国だから」そう諦めてしまえば災厄など今以上降りかからずに生活ができる、そう言い聞かせてきたと思う。
でも何か変じゃない?敗戦国の日本に対して何かやけに親切に色々やってくれてない?おかしいじゃん、怪しいじゃん。
その辺りを視点を少し回転させて3Dメガネをかけたりして、変な視点からみると何か見えてこない?

うちら日本人なのに、日本人じゃなくさせられてるよ?そんな気がする。
今もそれは進行中。
マスコミの連呼する「大和魂」ではなく、本当の「大和魂」どっかに置き忘れてないかな?
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